アートセラピストの「アートと暮らす」

アートセラピストとして活動するクエストのSTAFFが現場の声をお伝えします。アートセラピー情報もタイムリーにお届けします。

我を忘れて、我になる。

こんにちは、マッキーです。
涼しい7月が続いていますね。

昨日、とーーーっても久しぶりに劇団四季のCATSを観ました。
ひょんなきっかけだったのですが、
実は今回で3回目。

はじめて観たのは、確か品川にCATSシアターができた年。

そして、2回目は、大学4年の時にイギリスで。
舞台の上で、オールドデュトロノミー(役の俳優さん)からサインしてもらったパンフは今も持っています。

 

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久しぶりの3回目の昨日は、
まず劇場に入ってワクワク。

“そうそう!空間すべてがCATSの世界なんだった!”


そして、はじまってすぐに、またワクワク。

“そうそう!こんな風にCATSが登場するんだった!”

(3回目なのにいろんなことを忘れてる...笑)


一気に別世界が目の前に広がって、
ぐいぐいと押し寄せてくる。


その世界観がたまらなくて、
まるで、
「自分はここにとどまりたいのに、連れていかれちゃう!」
そんな感じ。


特にCATSでは、
歌い、踊る。

身体を使って表現できる限りを
どんどん繰り広げていくその様子に、
「あー、もっと自分も肉体を最大限につかいたい!」
そんな気になりました。笑


また、観客席には、団体できている中学生たちの姿も。
キャッキャッと騒ぐ子たちが多い中、
はじまるまで一人つまらなさそうに座っていたのに、
劇中、はっ!と口元に手をやったり、
前のめりになる女の子がいて。

いいですよね。
すごく。
そういう瞬間。


では、果たして一体何がそれほどまでに惹きつけるのか。

それを考えていた時に、ふと浮かんだのが、
「我を忘れて、我になる」
そんな言葉でした。

役者さん一人ひとりがCATSになりきる。
見た目も動きもすべてが猫。

そして、その猫にも一匹一匹キャラクターがあって、
役者さんたちは「その猫」と一体化していく。

つまり、人間である“我”を忘れていくような。。

でも、見ている私には、

不思議と「その人」がどんどん際立っていくようにも見えました。

見た目は猫。

なのだけれど、
「猫」になればなるほどに
「その人」が際立ってくる不思議。

もちろん見た目のその人ではなくて(見た目は猫だし)、
内側のその人、のようなものが匂いたってくる感じ。


猫になるあまり自我が消えて、
より本能的なその人が感じられるようになるのかな?


そんなことを考えて、
「あぁ、我を忘れるっていいな」と!


「自分である」ということが、
一番のしあせの近道かもしれないけれど、
自分になろうなろうとしても 、
そもそもの自分がわからない...とはよく聞きます。 

でも、自分の日常のあれやこれやもいったんすべて忘れるくらい、
何かに夢中になっているとき。

そんな時、結果的に人は自分でしか在れないのではないだろうか。


子どものアートワークセラピーのクラスでもそう。

小さな彼らは、「自分とは・・・」なんて、
全然考えていないけれど、
夢中になって、アートして、笑って、怒って、泣いて、満足して、
そんなとき、もうその子でしなくて、
さらにその子の輝きが増すのを何度も目の当たりにしました。


私自身は演劇をやっていないけれど、
舞台を観ることが好きだったり、
アートセラピーが好きなことには、
こんな共通点があったのかもしれないなぁ...。


「我を忘れて、我になる」

もしかしたら、そんな風に生きてみるのもいいかもしれない。
そんな風にはじめて思ったCATSでした。



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キャッツシアターのトイレも猫!




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